「生前の安倍晋三は本当は公明の宗教のアンチだった」保守界隈、「生前の安倍は◯だった」という安倍晋棒で殴り合う内戦に突入

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1 : 2023/06/27(火) 08:53:15.68 ID:CnpRRD0Ed

あの宗教名書くと即BANっぽいのでURLのみ
https://news.yahoo.co.jp/articles/4a92ed370b5cad94a8e9dc4087dc5479896492ed

4 : 2023/06/27(火) 08:53:52.79 ID:jxddxbe00
死人に口無し
6 : 2023/06/27(火) 08:53:53.25 ID:D9FLgGZt0
壺だった
12 : 2023/06/27(火) 08:53:56.99 ID:wZLPR/f70
生前の安倍はガ●ジだったで100%勝てる
58 : 2023/06/27(火) 08:55:05.76 ID:CnpRRD0Ed
「安倍さんはアンチ創価学会だったのに上手だった」「茂木さんが頭を下げるしかない」との声が漏れる「自公」亀裂の今後

■安倍元首相のスタンス

その点、「安倍晋三元首相はうまくやっていた」と、このデスクは振り返る。

「安倍氏は元々、自民党や一部宗教団体で構成されたアンチ公明・学会グループである
『四月会』メンバーで、その急先鋒でした。新人時代には、
アンチの姿勢を学会幹部からたしなめられたこともあると公に語っていたこともあります」

「そのアンチの姿勢は亡くなるまで変わらなかったですし、
山口代表がいないところでは批判めいた言葉も漏らしていました。
が、公明・学会のサポートなしには立ち行かない自民のリアルを理解し、
公然と批判は一切しないようにしていましたね」(同)

内心はさておいて、自民党や政権のために戦略的に言動をコントロールすることを
安倍氏は実践していた、ということになる。

ちなみに当時、安倍氏以上に学会批判を展開し、
「公明党から創価学会を引くと何も残らない」(毎日新聞/1994.11.06)などと語っていた
自民党の白川勝彦氏は後に自治大臣を務めるも、公明の推薦を得られず、
2000年の衆院選で苦杯をなめた。
その後も自公連立政権を認めることなく2019年に亡くなっている。

59 : 2023/06/27(火) 08:55:06.18 ID:BQQlSmwJ0
新潮の記事やし統一の文字も無いしクソやね
60 : 2023/06/27(火) 08:57:37.76 ID:XkmWUBwn0
喋る机記事
63 : 2023/06/27(火) 08:59:49.45 ID:p8Um9K83M
馬鹿共が安倍霊棒で殴り合ってるのは笑えるけど安倍派の議員が安倍の幻影に縛られて安倍の残した政策方針転換できないのは笑えない問題
64 : 2023/06/27(火) 08:59:55.00 ID:/FhHrJ1M0
政治は結果なんですよ??
65 : 2023/06/27(火) 09:01:25.22 ID:wk7vrMQ90
こねくり回せばどんな形にもなる安倍晋三の霊魂

晋三!反宗教形態だ!

66 : 2023/06/27(火) 09:01:33.68 ID:8opD2Tkc0
新潮の政治部デスクが勝手に言ってるだけじゃんこれ

コメント

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