藤、日本の象徴だった

ジャポニスムが隆盛を迎えていた時期，西洋向けに制作された日本の美術工芸品には，モティーフとして藤が多用されている。小稿では，その要因を明らかにした。
園芸の対象となっている藤には，中国原産のシナフジと日本原産のノダフジとがある。そして，シナフジの方がノダフジよりも早くに西洋に伝来し，また，より広範に普及しているという状況にあった。
シーボルトが初めて西洋にもたらしたノダフジは，時間の経過とともに成熟した個体が出現するようになったおかげで，本来の特性を発揮して耳目を集め，19世紀末期の一時期，大いに注目されたこともあった。しかし，シナフジとノダフジの間で普及の高低が逆転することは，今日に至るまで起きていない。
それにもかかわらず，藤が中国ではなく日本をイメージさせる花となったのは，「花の国日本」の花々を語るうえで欠かせない花の一つどころか，日本の美しい花の代表格と捉えられることすらあったという事実がある。
さらに重要なのは，藤の名所として知られた亀戸天神の境内が人気を集め，西洋人にとっての理想的な日本庭園をそこに求めていたことである。それは，西洋で日本庭園を造園するうえでほとんど規範化し，藤なくしては不完全とされるほどであった。
この日本庭園と藤を不可分とする認識は，日本を象徴する花という藤のイメージ形成に寄与し，ジャポニスムと藤との強い結びつきが生じたと考えられる。

澤田和人「ジャポニスムと藤」『国立歴史民俗博物館研究報告』(251巻　2025年)
https://rekihaku.repo.nii.ac.jp/records/2000362